香川真司の年棒推移を調べたら総額が凄かった!

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香川真司選手の年棒推移や年棒の総額が今回気になったので調べてみたら凄すぎたので各クラブでの年棒や今まで渡り歩いたクラブや国をわかりやすくまとめていきたいと思います。

香川真司選手は現在ギリシャのPAOKに移籍されていますが、ドルトムントからマンチェスターに移籍した時はとんでもなく興奮したのを覚えています。

それでは早速見ていきましょう。

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香川真司の年棒推移

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https://twitter.com/jfa_samuraiblue/status/1446974002207936513/photo/1

名前 香川真司
生年月日 1989年3月17日
出身地 兵庫県神戸市
身長 175㎝
体重 65kg
利き足 右足

香川真司選手は宮城県黒川高等学校から高校一年生の時に日本クラブユースサッカー選手権(U-18)

に参加しておりこの時から才能の片りんはかなり見せていました。

高校二年生の時には飛び級でU-18東北代表に選出されており、ボランチとして仙台カップ国際ユースサッカー大会でMVPに選ばれていました。

そんな香川真司選手は高校生の時にセレッソ大阪とFC東京からオファーを受けていました。

そんな香川真司選手は地元関西という事もあり、セレッソ大阪と仮契約を交わし入団することになります。

それではセレッソ大阪時代から順に年棒と所属クラブなどを見ていきましょう。

香川真司(セレッソ大阪)年棒

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https://twitter.com/football_00000/status/474680375793709056/photo/1

2006年はプロ1年目で出場機会がなかったのですが、セレッソ大阪がJ2に降格したことによりチャンスが巡ってきます。

当時の監督であった「レヴィー・クルピ監督」に香川真司選手の才能を見出してもらい2007年よりレギュラーを勝ち取っています。

2007年の2年目は35試合5得点9アシストを記録しています。

この時に香川真司選手は飛び級でU-20ワールドカップに選出されています。

試合には2試合に出場しています。

2008年のプロ3年目はセレッソ大阪の主力に成長しており35試合16得点10アシストを記録しています。

3年目にはU-19代表、北京5輪に出場するU-23にまたもや飛び級で選出されています。

2009年のプロ4年目は44試合27得点11アシストとJ2の得点王に輝きJ1昇格に導きました。

2010年のシーズン途中でドルトムントに移籍するのですが、個人的意見ですが、当時移籍金無しで海外に移籍する選手が多い中、香川真司選手はセレッソ大阪の事を考え、クラブに移籍金が入る形にしたのではないかと思いました。

移籍金は今考えればかなり少額でしたがセレッソ大阪に4000万円が入っています。

セレッソ大阪の年棒

シーズン 年棒
2006年 360万円
2007年 360万円
2008年 800万円
2009年 2800万円
2010年 7000万円

香川真司(ドルトムント)年棒

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https://twitter.com/workthebeat/status/1170272511621136384/photo/3

香川真司選手はドルトムントに移籍してから才能を完全に開花させていきます。

個人的には香川真司選手はユルゲン・クロップ監督と出会えたことが本当に素晴らしかったと思っています。

クロップ監督のおかげで香川真司選手はトップ下での才能を完全に開花させたと思っています。

そんな香川真司選手のドルトムント1年目の2010年は28試合12得点2アシストと衝撃的な結果を残しています。

2011年1月のアジアカップでの負傷により1年目の後半戦には1試合しか出場できませんでしたが、ブンデスリーガで前半戦はMFの選手として1位の評価を受けており、攻撃的MF部門で最優秀選手に選出されています。

1年目のシーズン終了後には前半戦しか出ていないにもかかわらずインパクトが凄すぎてブンデスリーガの年間ベストイレブンに名を連ねています。

2年目のシーズンは43試合17得点14アシストを記録しています。

もはや2年目はとんでもない活躍を果たしており、香川真司選手の活躍によりドルトムントは2冠を達成しています。

中でも印象的だったのはチャンピオンズリーグで名門アーセナル相手に香川真司選手が得点を決めた時でした。

ブンデスリーガでは香川真司選手がDFBポカールの決勝でバイエルン相手に1得点1アシストを記録したのには興奮したのを覚えています。

この年は香川真司選手が部ですリーガの年間ベストイレブン、欧州年間ベストイレブンに選出されており、日本人選手が世界に通用することを証明してくれた年になりました。

そんな香川真司選手にレアル・マドリードとマンチェスターユナイテッドからのオファーがあり、香川真司選手はマンチェスターユナイテッドと合意に至ります。

個人的にはアレックス・ファーガソン監督の熱意でマンチェスターユナイテッドを選んだと思っています。

ドルトムントの年棒

シーズン 年棒
2011年 1億4000万円
2012年 6億円

 

香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)年棒

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https://twitter.com/M_Fukuoka00/status/1439831083126706181/photo/1

遂に香川真司選手は世界のプレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドに入団しており、長年マンチェスター・ユナイテッドの監督を続けているファーガソン監督の折り紙付きで入団した香川真司選手が世界的有名選手の仲間入りするとこの時は興奮しました。

そんな香川真司選手の1年目の成績は26試合6得点6アシストになっています。

香川真司選手はプレミアリーグで日本人初となるハットトリックも達成しており、ドルトムント時代からの3年連続のリーグタイトルを獲得しています。

2年目30試合0得点4アシストを記録しています。

香川真司選手にとっては不運にファーガソン監督からモイーズ監督に代わり戦術や起用方法が合わず不遇な扱いをうけています。

この扱いに対してドルトムント時代の恩師であり才能を開花させた名将クロップ監督はこう発言しており「マンチェスター・イブニング・ニュース」にも注目されています。

香川真司は世界最高の選手の一人だが、マンチェスター・ユナイテッドでは左ウイングで20分しかプレーしていない。心が折れそうだ。本当に、涙がでてきた。セントラルミッドフィールドはシンジの最高の役割だ。彼は攻撃的なMFで、私がこれまで見てきた中で最高のゴールセンスを持っている。しかし、ほとんどの日本人にとって、ドルトムントよりもマンチェスター・ユナイテッドでプレーすることの方が意味がある。

と語っており、香川真司選手はクロップ監督のいるドルトムントに戻ることを決断します。

ちなみにクロップ監督は人生で流した涙は2回で一度目は18年間在籍したマインツを去った時。

2回目は香川真司選手がユナイテッドへ旅立った瞬間だと語られており、この時は20分間泣いたと語られています。

そのくらい香川真司選手の才能にほれ込んでいたということですね。

マンチェスター・ユナイテッドの年棒

シーズン 年棒
2013年 8億円
2014年 11億円

香川真司(ドルトムント)年棒

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https://twitter.com/SoccerKingJP/status/1091114487594315777/photo/1

そして香川真司選手はクロップ監督のいる古巣ドルトムントに移籍することになります。

しかし、香川真司選手は結果を出せずクロップ監督との信頼関係の変化もとりだたされたそんな1年目は38試合6得点10アシストの結果を記録しています。

2年目はクロップ監督が退任されトゥヘル監督に変更され、それに伴い戦術の変更でトップ下から4-3-3のインサイドハーフでの起用が増えます。

46試合13得点13アシストを記録しトップ下部門でベストイレブンに選出され、評価を取り戻しています。

3年目はチャンピオンズリーグ史上最速記録を樹立しており、レギア・ワルシャワ戦で前半17分と18分の76秒で2得点1アシストを記録しています。

30試合6得点8アシストを記録しています。

4年目は27試合6得点7アシストを記録していますが、監督がここから立て続けに変更になり出場機会が減っていきます。

5年目は4試合0得点1アシストで戦力外通告され期限付き移籍することになります。

ドルトムントの年棒

シーズン 年棒
2015年 6億円
2016年 6億5000万円
2017年 6億5000万円
2018年 6億5000万円

 

香川真司(ベシクタシュ)年棒

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https://twitter.com/SoccerKingJP/status/1092124269444771841/photo/1

ベシクタシュでは移籍後初出場で途中出場で2得点を記録しています。

14試合4得点2アシストを記録していますが、買取オプションは実現せずにシーズン終了後にドルトムントに戻っていますが、その後スペイン2部リーグのサラゴサに移籍を果たしています。

ベシクタシュの年棒

シーズン 年棒
2019年 5億円

香川真司(サラゴサ)年棒

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https://twitter.com/SoccerKingJP/status/1173302457646145536/photo/1

香川真司選手は2年契約でサラゴサに移籍しましたが、移籍後に初ゴールは決めたもののスペイン2部リーグでも評価をえれず、2020年10月2日をもって双方合意の上に契約解除になりフリーエージェントになっています。

そんな時に古巣セレッソ大阪からJリーグ復帰のオファーがありましたが香川真司選手はオファーを断っています。

サラゴサの年棒

シーズン 年棒
2020年 5600万円

香川真司(PAOK)年棒

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https://twitter.com/M_Fukuoka00/status/1439825863302807556/photo/1

スペインからギリシャ1部リーグのPAOKに移籍しており1年半契約できていますが、思うような結果がでておらず、2021年冬の移籍市場での放出が濃厚になるかもしれません。

PAOKの年棒

シーズン 年棒
2021年 3000万円

香川真司の年棒推移(クラブ)一覧

シーズン 年棒
2006年(セレッソ大阪) 360万円
2007年(セレッソ大阪) 360万円
2008年(セレッソ大阪) 800万円
2009年(セレッソ大阪) 2800万円
2010年(セレッソ大阪) 7000万円
2011年(ドルトムント) 1億4000万円
2012年(ドルトムント) 6億円
2013年(マンチェスターユナイテッド) 8億円
2014年(マンチェスターユナイテッド) 11億円
2015年(ドルトムント) 6億円
2016年(ドルトムント) 6億5000万円
2017年(ドルトムント) 6億5000万円
2018年(ドルトムント) 6億5000万円
2019年(ベシクタシュ) 5億円
2020年(サラゴサ) 5600万円
2021年(PAOK) 3000万円

 

香川真司の年棒推移(グラフ)

香川真司の日本代表の年棒

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https://twitter.com/SoccerKingJP/status/1108284000576004097/photo/1

開催年度 大会名 (結果)
2010年 2010 FIFAワールドカップ
2011年 AFCアジアカップ2011
2013年 FIFAコンフェデレーションズカップ2013
2014年 2014 FIFAワールドカップ
2015年 AFCアジアカップ2015
2018年 2018 FIFAワールドカップ
2019年 キリンチャレンジカップ2019

日本代表選手ペイメント規定に基づいて代表選手には以下の報酬が支払われます。

  • 2010年は日当1万円
  • 勝利給としてW杯本大会が200万円
  • W杯予選やアジアカップなどの公式戦が30万円
  • 親善試合は20万円となっています。
  • 勝利給は勝ち上がる毎に加算されます。大会ボーナス
  • W杯優勝で5000万円
  • 2位で3000万円
  • 3位で2000万円
  • 4位で1000万円
  • ベスト8で800万円
  • ベスト16で600万円

実際の支給方法は監督の意向が反映されることが多く、代表選手の実績や経歴、所属クラブで報酬が決まるのではなく、日本代表の試合内容と成績で報酬が決まることが多いようです。

香川真司の年棒推移を調べたら総額が凄かった!まとめ

香川真司選手のデビューから現在までの年棒推移と所属クラブを見ていきましたが、皆さんいかがだったでしょうか。

最後に現在までの年棒の総額は58億8920万円プラス日本代表のボーナスになります。

香川真司選手の今後の移籍なども含めて新しい情報が入り次第更新していきます。

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